子育てしやすい賃貸物件〜エリアと間取りで探してみたらこうなった〜

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賃貸生活の大変さ

受験勉強から開放されて、東京での一人暮らしが始まりました。
少々汚くても家賃は安いし、贅沢は言っていられなかったです。
仕送りは8万円です。
親に感謝であります。
当時の私は東京での新生活の方に気持ちは傾いていました。
風呂はもちろんないです。
田舎では風呂に一人でゆっくり入るのは当然だと思っていたが、東京ではそんなことは言ってられません。
銭湯が歩いて5分程の所にあり、銭湯に行くこと自体初めは不安だったが、「神田川」という曲の世界にすぐに慣れることが出来ました。
銭湯は当時いくらだったかはっきり覚えていないが300円弱ではなかったかと記憶しています。
500円弱でサウナに入れたからそれくらいの値段だったと思います。
銭湯に慣れてくるとサウナにも銭湯だけの料金で入れることが分かり、サウナの楽しみも出来ました。
それでも毎日銭湯へは行けなかったです。
もちろん毎日行きたかったが、節約のため、2日に1回程度と決めていました。
初めは落ち着かなかったが、銭湯も慣れてしまえばいいものであります。
プラスチック製の桶に着替え、石鹸、シャンプーを入れて銭湯までとことこ歩いて行きます。
今はそんな風景は日本中あまり見られないのではないでしょうか。
大学の友人たちはワンルームのユニットバス付のアパートに住んでいる人の方が多く、銭湯通いをしていると珍しがられたものでした。
多分よほど貧乏なのだろうと思っていたかもしれません。
ただ、私は一人暮らしの生活の始まりの方にわくわくしていたのであります。
当時は携帯電話もネットもなかった時代であります。
固定のダイヤル式の電話の加入には7、8万かかり、電話を引くことが出来たのは、約1年後のことでした。
7、8万はすぐには準備できない状態でした。
電話をかけるときは駅前の公衆電話からコレクトコールで実家にかけたものです。
友達ができ、連絡のしようがないと言われたのは恥ずかしかったが、連絡を取り合う友だちも出来たということであり、少しずつ九州弁も薄れていくにつれて、東京での生活にも慣れていました。
大学生活は楽しかったです。
1年間はほぼ、勉強らしいことは何もしなかったです。
成績は優良可の良ばかりで、少し危機感を感じ始めていました。
遊びに来ているわけではないです。
このままで行くと、良ばかりで、せっかく大学に来ている意味がない、と反省しました。
大学2年生からは毎日学校へ行き、優の数も増え、勉強の方も面白くなってきました。
遊ぶ人、勉強する人さまざまだったが、私は心を入れ替えて、勉強に打ち込み、うっすらと院に行きたいと思うようにもなりました。
時間が空いている時は、よく図書館に通ったものであります。
知の宝庫がそこにあると感じていました。
ところで、トイレが水洗に変わるのは賃貸生活を始めて2年後です。
やっと大家さんも動いてくれたのであります。

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